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4 go full speed ahead



眼鏡に画面内の映像が反射する。
影山は紫煙を燻らせながら黙々とキーボードを叩いていた。
荒巻は壁際にある椅子に座り、瞑目している。

「…すいませんね、お暇でしょう。茶でも出せればいいんですがね」
「いや、お気になさらず。この部屋で物を口にするというのも――」

荒巻の眼が手術台を捉える。

「あまり想像出来ませんな」
「繊細な心をお持ちのようだ。私は無神経なもんで、ね」

細く煙を吐き、手に持った煙草をゆらゆらと揺らす。

「繊細な心…か。人一倍臆病でしてな」

部屋に電子音が響いた。

「む、結果が出たようですな?」

荒巻の言葉に影山は首を鳴らす。

「…結果、ね。出ましたよ、面白い結果が。こいつを見てもらえば一目瞭然です」

影山の言葉に促され、荒巻は画面を覗く。

「……これは……」

画面上には幾つかの画像が表示されていた。
影山が左隅の画像を示す。

「こいつが大本、混じりっけ無しのプタハ型ウイルスです。このウイルスはオリジナルの
プタハ型ウイルスとは異なり自己成長はしない。
言葉は悪いが、オリジナルと比べた場合『劣化品』です」

マウスをクリックする音が響く。

「そして、こいつがあのロボット――強盗事件の犯人の無機頭脳から検出された
プタハ型ウイルス。照らし合わせてみると――」
「――ふむ、似通った構造ではあるが細部が異なっている」

画面上で重なった螺旋図は完全には合わなかった。

「次に、これがマイクロマシンとの反応を検証した結果。ウイルスに変化は現れなかった」

左隅の画像に重ねる。
螺旋に反応は無い。

「次に電脳化した『生身の人間』の遺伝子の場合――」
「僅かに差異は見られるが…殆ど変わりませんな」
「生身の脳にウイルスなんてぶち込むことはないですから。シミュレーターの結果も
半信半疑ではある」
「問題は――」

荒巻の後を影山が継ぐ。

「――そう、問題はこいつだ。『電脳化手術』を施した『無機頭脳』にウイルスを反応させた
場合――」

キーボードを打つ。
左隅の螺旋図に重ねる。
瞬間、壮絶な勢いでプタハ型ウイルスが侵食するように重ねた螺旋を埋め尽くしていく。
画面の螺旋図は、元とは全く異なる構造に一気に変化していた。

「これは――」

荒巻の眼が鋭く細められる。

「ご覧の通り。マイクロマシン単体では反応しないが――」
「電脳化した無機頭脳には激しい反応を示す、か……む?」

画面を凝視していた荒巻は、声を詰まらせた。
見ていた螺旋図が再び動き出したのだ。
侵食されていた螺旋は、徐々に元に戻る。
やがて一部分だけを残し、元の姿と殆ど変わらない形に戻る。

「これが一番やっかいな所でしてね」

影山はゴキリと首を鳴らした。

「感染して無機頭脳の構成を変化させた後、元に戻る。一部分だけ残して、ね」

荒巻は組んでいた腕を解き、顎を撫でる。
                                                   
「纏めます。このウイルス――便宜上、劣化型と呼びます。この劣化型ウイルスは
電脳化手術を施した無機頭脳にのみ反応します。
感染力は凄まじく、しかもアンチウイルスの類には引っかからない。
ステルス性の高さはオリジナルより上です」
「今の現象は?」
「そこが一番の特徴です。一度感染するとすぐに元に戻る。一部分のみ痕跡を残して。
これにより元々発見し難いウイルスが更に見つけ難くなる」
「ふむ…何の為に?」
「そいつは調べるにはデータが少なすぎますね。現時点では解らない。ただ――」

影山は長くなった煙草の灰を灰皿に落とす。

「――いや、止めておきます。まだ確証を得ていない」
「………」

荒巻は眉根を寄せる影山の顔を横目で伺うと、画面に目線を戻した。



《イシカワ、聞こえるか》
《バッチリ聞こえてますよ》
《マイクロマシンの出所をもう一度洗ってくれ》
《由浪エレクトロニクスを? いや、ゲノミクスの方か》
《そうだ。背後関係も同様に洗ってくれ》
《ホコリが多すぎて叩く前から煙たい会社だ、少し時間が掛かりますよ》
《構わん。周囲も含め徹底的に調べろ。パズ、ボーマ》
《移動中です。めぼしい医療機関を周ってますが、特に新しい情報は入ってません》
《引き続き聞き込みを。終わったらボーマと共に一度戻れ。追って指示を出す》
《了解》
《サイトー》
《待機中です。今の所問題ありません》
《そのまま注意して待機。『目』は使えるか》
《慣れないネットワークの為少し時間が掛かりますが可能です》
《了解した。バトー》
《問題無ェ、こっちは上手くいった。面白い事も解ったしな》
《まだそこにいるか》
《一応な。で、いつまでここにいりゃいいんだ》
《念の為もう暫く待機してくれ》
《へーへー、分かったよ。人使いの荒いサルオヤジだぜ、まったく》



影山は椅子の背もたれに寄りかかり、呟く。

「電脳化手術――か。これから先、どんどん普及していくんでしょうね」
「――そういう時代が来た、という事なのでしょうな」




「ひっさしぶり〜な連絡かと思ったら、お仕事絡みとはあんたも筋金入りねぇ。
早く結婚でもしたら?」
「あんたに言われたかぁないわよ! 無駄口叩いてないできりきり運転しなさい!」
「あらやだ、何よその態度! 人がわざわざ運び屋みたいなことやってるってのに」
「前! いいから前向いて運転しなさいよ危ないわね!」
「……キャラ濃いなー…」

後部座席に所狭しと撮影機材が積んであるライトバン。
その間に埋まるようにして座っていたトグサは、運転席と助手席のやり取りを
溜息を吐きながら眺めていた。

「あんたにとってもオイシイ話なんだから」
「んっふっふ〜、抜かりは無いわよ? 一人でも取材が出来る様に色んな装備を
持ってきたんだから」
「取材?」

トグサの疑問の声に運転席から明るい――を通り越して『軽い』声が返ってきた。

「あら、自己紹介がまだだったわね御免なさ〜い! 私ネットTV“どんどこどっこい”の
レポーター兼プロデューサーの入間佐知美と申しまぁ〜す! ヨロシク〜!」
「は…はぁ……トグサです、宜しく…」

トグサは圧倒されたように背中を背もたれに押し付ける。
佐知美はミラーに映ったトグサを見ると、にやつきながら隣に座る純子の脇を小突く。

「…? 何よ」
「何よはこっちの台詞よ。随分と趣味が変わったんじゃない?」
「何を勘違いしてるのか知らないけど、ご同業よ。仕事よ、仕事」
「あらまー、お巡りさん。それじゃあ何よ、ホントに仕事絡みってわけ?」
「だから初めに言ったじゃない。ほら、急いで急いで」
「図書館ね。了解了解、このさっちゃんに任せなさ〜い! んの〜っほっほほほほ!」

前で騒ぐ二人を見て、トグサは頭を掻いた。

「オレ、何やってんだ…?」



一人になった地下室で、影山は手術台を見ていた。
かつて一体の人間型ロボットの修理を行った場所。
結局そのロボットがここに戻ることはなかった。

「友永和樹――世界を救った英雄、か。…君は幸せだったのか……いや、愚問だな。
守るべき人たちを守った。それが事実であり現実だ」

白衣のポケットから新しい煙草を取り出し、火を点ける。

「生命の電子化、か。我ながら馬鹿げた研究だ」

短命化に苦しむ人類。
延命目的のDNAの修正を主とした影山の研究は、義体技術の向上と共に重要視されなく
なってきていた。
       
パーツ
老朽化した部品は補えば良い。ある種短絡的とも言えるその思想は、短絡的だからこそ
広まっていった。
義体技術の向上は、電脳の研究も進ませる結果となった。

「全身義体に電脳……果してこれを『人間』と呼ぶか否か」

義体化や電脳化に反対するグループは、声高に叫ぶ。

「……人間、なんだよな」

そう、まぎれも無い人間だった。
『ゴースト』の存在。    
A  I
人の手で作り出された人工知能には存在しない、一種の自我。
どんなに技術が進んでも、ゴーストを意図的に作り出すことは出来なかった。

「だが」

例外があった。
無機知能。かつて友永和樹という名のロボットが搭載していた、自己進化するプログラム。
電脳化とは違い、人間の脳を基にしていない。
だが、そこには間違いなくあったのだ。
人としての意識・自我・人格が。
人としての魂が。

「和樹君――君は、幸せだったのか」



図書館周囲のざわめきは、一時よりも静まりつつあった。
爆発といっても怪我人は出なかった為、色めき立つ輩もいない。
野次馬も現場に何の変化も現れないのを見て、興味を無くした様に去っていく。
そこに。

「はいはいはい失礼します失礼しまぁ〜っすぅ! こちらネットTV“どんどこどっこい”
レポーターの入間佐知美でぇっす!
今回私はつい先ほど爆発事故が起きた現場、秋葉原の電子図書館に来ています!
見てください、夜空に立ち上る一筋の黒煙!
事件のニオイがします! 早速こちらのお巡りさんにインタビューしてみましょう!」
「ちょ、ちょっとアンタ! いきなり現れて何を」
「一体ここで何が起こったんですか? 新手のテロリスト? 犯罪者が逃げ込んで篭城?
それとも杜撰な管理体制が元で起きた機械たちの叛乱? さぁさぁさぁ!」
「待て待て! 報道関係なら後日記者会見で発表するから」
「怪しいっ! 皆様お聞きになられましたでしょうか今の言葉! 時間を稼いで事件を
闇に葬る気です!」

突然現れた一人の人物につられるように、散らばりかけていた人波が戻ってくる。
あっというまに溢れかえる人の山。

「さぁ、このマイクの前で今こそ真実を!」
「やめ、やめないかちょっと! くそぅ、今日はこんな事ばっかりだ!」



「よし、向こうは上手くやったようね」

純子はSIGを構えながら図書館の裏手で周囲を伺う。

「扇動っていえば聞こえはそれっぽいけど…あの人本気で取材やってません?」
「あれで素なのよ。 大丈夫、危険な事があったら逃げるように言ってあるわ」
「……いいのかなぁ」

トグサはジャケットの下から愛銃を取り出す。

「あら、珍しいもの使ってるのね。マテバなんて実際に見るの初めてだわ」
「6UNICAのカスタムです。こいつが一番馴染むんですよ。下手糞な射撃精度を
上げるのに必死なもんで」
「趣味の世界だわ」
「麻生さんのも結構弄ってるみたいですけど?」

SIGのセイフティを外し、中腰のまま図書館敷地内に進む。

「使いやすいようにね。さて、建物に近づいたはいいけど…」
「進入経路ですね。爆発が起きた時点で内部セキュリティが死んでるといいんですけど」
「警報が鳴って不法侵入罪? なら捕まる前に証拠を押さえりゃいいのよ」
「証拠ってどんなもんですか」
「見てのお楽しみってヤツでしょ」

純子は目立たない場所にある裏口を見つけると、ドアに重ならないように引き戸を一気に
開ける。
素早く体を滑り込ませると、薄暗い空間に油断無くSIGを構える。
隣ではトグサが同じようにマテバを構えていた。

「随分場慣れした動きじゃない」
「麻生さんこそサイバーフォースとは思えない動きですけど」

じりじりと薄暗い空間に狙いを定めつつ動いていると、やがて目が暗闇に慣れてきた。

「本棚――位置的には一階の西棟かしら」
「そんなもんでしょう。紙媒体はいつまで経っても無くなりませんね」

トグサは薄暗い灯りの下本の背を眼で追っている。

「読書が趣味?」
「サリンジャーは嫌いじゃないです」
「あら、文学思考」
「そんな大それたもんじゃありませんよ。さて…」

ぐるりと見回す。

「これからどうしますかね」
「あら、それを私に聞く気?」

純子がトグサを正面から見る。
               ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「トグサさん、あなたまだ開けてない引き出しがあるでしょ」

不敵な笑みを浮かべて詰め寄る。

「え? あー…まいったな、こりゃ」

トグサは首の後ろを掻きつつ、苦笑する。

「なんで分かったんですか?」
「呆れた。隠す気なんか全然無かったクセに。大体何も情報が無いなら
のこのこ私に付いて来る筈が無いわ」
「麻生さんの勢いに呑まれていて」
「いくら表情を取り繕ってもその眼には騙されないわ。冷静に状況を判断する眼よ。
なんならさっきの名刺返しましょうか?」

弱弱しく笑いながら、トグサは両手を上げた。

「降参、降参だ。オレの完敗だ」
「勝負自体してなかった癖に、よく言うわ」
「その名刺は本物さ。但し、もう使わない前の職場のヤツね」
「それじゃあ今は何やってるわけ?」
「そのうち分かるって。それより、目的があるんじゃないの?」
「そうね、誰かさんのせいで時間を喰っちゃったわ」

純子の言葉に苦笑する。

「まぁまぁ、抑えて抑えて。目的地はすぐだ」
「一体どこよ? 一般公開していない重要図書があるとか?」
「残念、本じゃない。正解は下にある」

そう言って、足元を指差した。





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