■戻   ■戻―妄想開始―   ■戻―先頭―




3 Victory goes to the swiftest




警視庁サイバーフォース本部。

「…だんまりか? 私としてはそこにいられると非常に気になるのだが」

一人きりの部屋で、何もない空間に向かって語りかける。
暫し無音の状態が続いた。

「…埒が明かないな。いつまでこうしている気だ」

抑揚の無い声で呟く。
吸いかけの煙草を灰皿で揉み消していると、机にある端末から電子音が鳴った。
画面に表示されているのはメールの着信表示。
発信者の表示は無かった。
   
ス ナ ー ク
「…電磁干渉か…回りくどいことをする」

メールを開く。

「………」

現れた幾つものバーコードの群れ。
それを端から眼で追っていく。
最後まで読み終わると、小さく溜息を漏らす。

「フン。大当たり、か」

椅子の背もたれに寄りかかり、無人の空間に語りかける。

「了解した。これよりサイバーフォースは全力を挙げてそちらを支援する」

引き出しからバインダーを取り出すと、目の前の空間に無造作に放り投げる。
宙を舞ったバインダーは、途中で落下を停止した。






電子街の中心部からいくらか奥まった場所に位置する、閑静な住宅街に構える
巨大電子図書館。             
データ
蔵書量は国立国会図書館には劣るが、情報貯蔵量は日本随一とも噂される。
過去に起きた様々な事件や出来事などを扱っていることから、利用者は後を絶たない。
その図書館が、喧騒に巻き込まれていた。

「御免なさい、ちょっと通して!」

野次馬の群れをかき分けて、純子は騒ぎの中心へと進んでいく。
やっとの思いで人の海を抜け出ると、制服姿の警官がロープの前に立ち
一般人の進入を阻んでいた。
近くにいる一人を捕まえる。

「一体何があったの?」
「げ、原因不明の爆発です。危ないのでお下がりください」

夜空に漂う黒煙が風で流されている。

「警視庁電脳犯罪対策室所属麻生純子一級捜査官です。少し中に入れてくれない?」

純子は階級章を取り出し、警官に見せる。

「電脳…ああ、サイバーフォースの一級捜査官…一級捜査官?」

警官は指折り数え始めた。

「一級…一級ってことは……  ! けっ、けけけけ警視待遇!?」

警官の顔から血の気が引いていく。

「捜査しちゃってもいいかしら?」
「どどどどどどどうぞどうぞ警視殿!」
「…そこまで引かれるとちょっと複雑なんだけど…ま、いいわ。それじゃ失礼――」
「何をしている」

純子がロープを潜ろうとしたとき、低い声が響いた。

「一般人は中に入れるなといったろう。そんな簡単な事も出来んのか。
貴様それでよく警察官が務まるな」

隙の無い足どりでこちらに近づいてくる人影。
夜だというのにサングラスをかけた男の顔は、酷く冷たい印象を受ける。

「し、失礼しました!で、ですがこの方は」
「言い訳をする暇があるならさっさとつまみ出せ」

男は顎で純子を出すように命じる。

「この人が悪いんじゃないわ。私が無理を言って入ったんです。サイバーフォースの
麻生一級捜査官です。捜査の協力を」
「出て行け、と言った。無駄口を叩くな」

突き放した言い方に、純子は怒りをあらわにする。

「ちょっと、何よその態度。 あなたがドコのダレだか知らないけど、その横暴な態度は
無いでしょう!?」

純子の怒りの声に、男は歪んだ嘲笑を返す。
                      
事  務  屋
「ならば言い換えようか。貴様等サイバーフォースは書類の整理でもしていろ。
捜査の邪魔をするな、素人が」
「な…んですってぇ!」

純子が男に詰め寄る。

「入るなと言ったろうが…!」

突然、男に肩を突き飛ばされた。
片手ではありえない程の力で純子の体が軽々と吹き飛ぶ。

「あうっ――!」

野次馬の中へと飲み込まれる。

「…無駄な時間を過ごした。いいか、誰も入れるなよ」
「は、はいィ!」

警官が敬礼をすると、男はロープの向こうへと消えていった。




「っつうぅ〜〜〜、なんて力してんのよあの男!」

起き上がろうとして、奇妙な感触に戸惑う。
アスファルトはこんなにも弾力があっただろうか――

「あー、大丈夫ですか? 怪我、ありません?」

突如地面が喋った。

「へっ? あ、はい、なんともありません」
「そりゃ良かった。で、物は相談なんですが――そろそろどいてもらえると嬉しいんですが」

純子の下で、一人の男が地面と平行に潰れていた。




「本当に御免なさい!」
「いや、いいんですよ。悪いのはあのいけ好かない野郎だし」

サングラスの顔を思い出した純子は、また怒りの炎が燻ぶり始めてきた。

「一体何なのよあの態度! 対話も出来ない野蛮人ってこの時代にもいるのね!」
「まぁまぁ、落ち着いて。あまり大きな声を出すと迷惑になっちゃいますよ」

騒ぎの中心、図書館から少し離れた路地裏。
純子と『下敷き男』はビルの間の細い通り道にいた。

「しかしあなたがサイバーフォースとは…」
「別に珍しいものでもないでしょう? …あなたは一般人には――」
「見えませんかね。 あ、これ名刺です」

男が差し出した名刺を読む。

「警視庁刑事部――って、ご同業?」
「よく『見えない』って言われます」

男は微笑みながら手を出してくる。

「トグサです。宜しく」
「麻生純子です。こちらこそ」

軽く握手をする。
握った手は少々固かった。





影山邸地下。
最新の医療設備が並ぶ部屋で、影山は一人の男と向かい合っていた。

「彼女が麻生捜査官ですかな?」
「ええ、ケース・オブ・オシリスの際事件の渦中にいた人物です」
「ふむ…」
「彼女に興味が? 荒巻さん」

荒巻と呼ばれた初老の男は、純子が出て行った地下室のドアを見つめながら応える。

「無い、といえば嘘になりますな」
「彼の――友永和樹君のパートナー的存在でしたからね」
「オシリス沈静化の立役者、か…」
「…それで? これからどうするつもりです?」

影山は端末に向かいキーボードを打ち始める。

「影山さん、あなたにはもう一仕事して頂きたい」

荒巻は年齢を感じさせない鋭い目つきで影山の背中を見る。

「もう一仕事、ね。なんです?」
「解析を頼んだ無機頭脳から発見されたプログラム――その構造を
遺伝子学的な見地から再度解析して頂きたい」
「遺伝子学的――まぁ、構いませんが。つまり、ヒトの持つ遺伝子と比べようと?」
「その通り。その際、これを使用して実験を行ってもらいたいのです」

荒巻が差し出したのは一つのアンプルだった。

「…これは?」                                   ・ ・ ・
「由波ゲノミクス社製のマイクロマシンです。先の強盗事件の際、我々が拾った物です」
「…。それで、これを使って何の実験を?」

椅子を反転させ、荒巻と向き合う。

「プタハ型ウイルスとの反応を調べて頂きたい」





▽誤作動? 相次ぐロボット事故
先日、秋葉原電気店数店でコンパニオンロボットが一時的に動作不能に陥るという事故が発生した。予備燃料の存在等からコンパニオンロボットが完全動作停止状態に陥ることは非常に稀である。ロボットは数分後には機能を回復。後に点検したものの特に故障している部分は無かった。専門家はプログラムに異常があるのではないかと踏み、共同で調査を進める方針のようだ。




「どうにもクサいんですよ、あの事故。麻生さん、この前の強盗事件覚えてます?」
「ええ、それはもうバッチリ。…といっても、情報だけしか入ってきませんでしたけど」
「ウチも同じですよ。何の変哲もない強盗事件に捜査中止命令――おかしいでしょう」
「捜査中止――サイバーフォースだけじゃなかったんだ…」

トグサは組んでいた腕を組み、背後のビルの壁によりかかる。
 
サッチョウ
「警察庁直々のお触書ですよ? 怪しすぎる」
「なにか裏がある、というのは統一見解で良いみたい」
「麻生さん、さっきのヤツなんですけど」
「あのグラサン野郎のこと? 思い出すだけでも腹が立つけど」
「アイツの事、少し調べてみたんですけどね」

トグサの声が小さくなる。
       
M P D
「あいつ、警視庁所属じゃないですよ」
「…どういうこと? 」              
マ  ト  リ
「それどころか警察組織でもない。ありゃ麻薬取締官です」

トグサの言葉に純子は驚愕の声をあげる。

「マトリィ? なんで厚生省が出てくる――ちょっと待って」

何かに引っかかるように、再度純子は考え込む。
今までに出てきた情報を再構築する。

新種の電脳麻薬。
プタハ型ウイルス。
無機頭脳への『必要性の無い』電脳化手術。

純子の脳内で単語が乱舞する。

「参ったわね…これじゃあ上を疑うしかないじゃない」

言いながら、純子は不敵に微笑んでいた。

「それにしても、どこでそんな情報仕入れてくるのかしら。根拠も聞いてない情報を
信じてる私も私だわ」
「調べ物は結構得意なんですよ」
「捜査一課にしてはスマートよね」
「体力無いんですよ」
「…幾つ?」
「何がです?」
「年齢」
「もうすぐ娘が産まれます」

純子は両手を広げ首を振った。

「ま、いいわ。深くは追求しない」
「助かります」
「…その、敬語はやめにしない? 私が馴れ馴れしすぎるのかしら」
「気にしないで下さい。癖なんですよ、美人相手には敬語が出ちまうんです」

捉え所の無い飄々とした表情のトグサに純子は吹き出した。
                            ・ ・ ・
「トグサさん、絶対私より年上だわ。もう立派なオヤジよ」
「オヤジ……」




街の喧騒が徐々に広がってきている。
図書館の周囲には先程よりも多くの人垣が出来ていた。
ビルの陰から覗き込んでいる純子に、トグサが声をかける。

「…麻生さん、今何考えてます?」
「あら、簡単に当てられるんじゃないかしら」

胸のホルスターから愛用のSIG SAUER P226LFを取り出し、マガジンを点検する。

「…何も今日行かなくてもいいんじゃないかと」
「駄目、明日じゃ遅すぎるわ。キレイにお掃除されてハイおしまい」
「真逆正面突破なんてしませんよね?」
「出来ればやりたいけどね。暗いうちならバレる確立も多少は少なくなる。
裏からこっそり侵入ってのが定石ね」
「図書館の周りぐるっと警備されてますよ?」
「大丈夫、アテはあるわ」

マガジンを戻し、純子は借りてきた端末を手に取った。




▽電脳化手術 反対の声も
常時ネットワークに接続できる等便利な事柄がクローズアップされてきた電脳だが、ここにきて問題点が浮上してきた。第一に、電脳不適応者の存在。身体器官の細胞レベルにおいて電脳化手術を受けられない人々が目立つようになった。これにより電脳化していない人は、電脳化社会において社会的に苦しい立場に追い込まれているようだ。次に、電脳閉殻症の存在。電脳化による脳の機能拡張により発生する病気で、症状としてネットに繋がっていないとパニックを起こすなどの報告がある。最後に、電脳麻薬の存在。前世紀猛威を振るった麻薬には大麻やマリファナなどの物質的なものが殆ど。だが電脳化が進むおかげで、直接脳内に作用するプログラムを作成、使用することで快楽を得ることが出来るようになった。様々な種類があり、発見しても次々に亜流のプログラムが登場する為取り締まる事が極めて困難。電脳化によってもたらされた思わぬ弊害に、電脳化に反対をする小規模なグループが誕生し始めている。




           prev『harmful materials』     next『go full speed ahead』






■戻   ■戻―妄想開始―   ■戻―先頭―


©2004螺旋 Allright Reserved...
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送